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2017年08月20日

パシフィックフロントの思い出


2010年5月。



1つの企画を立ち上げました。
1998年に日本軍装備を始めて12年。いつか、太平洋戦線のイベントに参加したいとの思いが、関西で誰もやらないのでw自分が主催してでもやりたいと思うようになり、紆余曲折やら色々ゴタゴタ(苦笑)やらあって、その中で企画したのが「ざ・パシフィックフロント」でした。
当時「関西ヒストリカルイベント運営事務局」はまだ無く、関西ではHSW実行委員会がありましたが、2010年当時は次のイベントが決まっていない状態でした。
太平洋での日米戦を開催するにあたって、友人や恩師(wに相談し「ざ・パシフィックフロント運営事務局」を立ち上げたのが2010年5月で、そのイベント「ざ・パシフィックフロント」を同年8月に開催する為の準備を開始しました。



この第1回イベントはまだまだ手探りな部分も多く(そりゃそーだ)、アメリカ軍は陸軍と海兵隊どちらも参加可能で、参加者の階級的な縛りも緩いものでした。
また1日通しての状況ではなく、「上陸戦」「内陸侵攻」「日本軍の逆襲」「掃討戦」の4つのフェーズに分けて行いました。





それでも、日本軍は2個小隊(各2個分隊)、アメリカ軍は1個小隊(海兵2個分隊、陸軍1個分隊)の編成を行い、各指揮官には経験者を当て、フェーズごとに各陣営に命令を下達しで実施させるという基本的な部分は形成されていたかと思います。













また参加者各位にリエナクトの一環として生活展示を推奨し、昼食は参加者全員に両軍それぞれの再現食を支給するなども現在のフロントシリーズの根幹はできていたものと思います。





企画当初、参加者は多くて30名程度、フィールド代の半分は自腹のつもりでしたがw 多くの方々に告知に協力いただき、熱意ある参加者が多く集まって下さった事で結果的には戦闘参加者60名、見学出店含めて90名を超える方々にお集まりいただき、イベントとして成功を収める事ができました。

もちろんイベントと言うことで、私の主催としての能力、経験が足りないことからも多少の問題は出ましたが、酷暑の中のイベントとして充分に成功であったと自負しています。
※参加者自身の自己管理と、フィールドや衛生担当者等多くの方々の協力あってのものです。

この成功は私の大きな自信につながりました。
きちんと企画、準備段階を経て可能な限りの布石を置き、イベント当日まで計画を煮詰め、更に開催中は主催として最大限、気を張って努力すれば困難なイベントでも成功に導けるのだと言う自信です。

この自信が、以後のフロントシリーズ開催に生かされて来ました。
反面、きちんとした準備段階が見込めない場合はイベント開催する事が不可能、と言う意味でもありますが。

この「ざ・パシフィックフロント運営事務局」が後に「関西ヒストリカルイベント運営事務局」へと進展して行きます。
いまだに某軍装店社長からは「ヒスサバ」といわれ続けてますがw













































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